
霧がかかった川の両岸に木造の家屋や旅館が浮かぶように連なる。中国内陸の湖南省西部にある鳳凰(ほうおう)古城は、約10平方キロの少数民族の居住地。清の時代、「沱江(だこう)」の川沿いにつくられた町並みで、今も300年以上前の面影を残している。
この地域の山々には鳳凰を呼び寄せるといわれるキリの木が多いことから、1913年に鳳凰県と名付けられた。2001年に国家歴史文化名城の指定を受け、年間80万人だった観光客は1380万人へと大幅に増加。中国国内で人気の観光地だ。訪れた8月下旬も、川岸は早朝からツアー客であふれ返っていた。
川沿いの斜面には、川底に打ち込まれた無数のくいの上に「吊脚楼(ちょうきゃくろう)」と呼ばれる建物が並ぶ。川下りの遊覧船に乗って見渡すと、建物が迫ってくるようだ。10人乗りの船は時折、左右に大きく揺れながら水面を進む。35度を超える気温と湿度の高さで、全身汗びっしょりだったが、水中に手を入れるとひんやりと冷たい。鳳凰古城のシンボル的建造物で、沱江に架かる「虹橋」の下をくぐる。石組みの橋脚に2階建ての屋敷が立つ重厚な造りに圧倒された。

迷路のように小路が入り組む石畳の通りは、飲食店や民芸品店が軒を連ねる。土産店で売られているのは、刺しゅう工芸品で、赤や青など色鮮やかな花柄をあしらった靴や衣装が、石と木でできた時代劇のセットのような町並みに映える。
刺しゅうは、この地域に暮らす少数民族のミャオ族の伝統工芸品だ。ミャオ族の民族衣装を着て、沱江の川岸で記念写真を撮る観光客の姿も見られた。ハスの花や鳥の刺しゅうをあしらった衣装で案内してくれたガイドの呉俊芳さん(27)もミャオ族。「男性は外で働き、女性は家で刺しゅうを覚える。刺しゅうができなければ、ミャオ族の女性は嫁に行けない」と笑う。

歴史の重みを感じさせる風景は、夜になると全く違った顔を見せる。吊脚楼や橋はライトアップされ、揺れる水面に赤や青、だいだい色の光が反射する。鳳凰大橋の上から周囲を一望すると、光の帯が広がっていた。川岸に下りると、飲食店からは大音量のクラブミュージックが聞こえ、町並みとのギャップに驚かされた。
鳳凰古城から約5キロ離れた真新しい民族文化展示センターで、夕食を取った。道中では、数々の工事現場が見られ、観光地として急速に開発が進む。
豚肉と白菜の煮物や、湖南省の特産「黒茶」の炊き込みご飯などミャオ族の伝統料理は日本人の口にもよく合う。宴会では、もち米で造った酒が茶わんにつがれた。アルコール度数は約20度と高く、甘酸っぱい。ミャオ族の女性2人が古くから伝わる歌を披露し、みなで乾杯。歌いながら飲み明かすのがミャオ族の宴会なのだという。
美声を披露してくれた麻金梅さん(48)は「歌うのはミャオ族の女性の本能。歌うことで相手の男性を見つける」と教えてくれた。気に入った異性の顔に夜のうちにすすを塗り、翌朝、見分けるための印にするのだという。
もともとミャオ族は山奥で暮らしていた。以前、100以上あった山の集落は5まで減少したという。「観光客は増えたが、昔からの暮らしが変わっていく心配もある」と麻金梅さんは戸惑いも見せる。数年後、この地がどのような姿になっているのか、また見に来たい。
文・写真 山田祐一郎
(2017年10月13日 夕刊)
メモ

◆交通
上海から、湖南省の省都・長沙市にある長沙黄花国際空港まで約2時間。
高速鉄道の長沙南駅から懐化南駅まで約1時間半。
懐化南駅から車で約2時間。
◆観光情報
いずれも日本語で、湖南省政府のホームページや、湖南省旅行局オフィシャルサイトがある。
おすすめ


★食べ物
墨のような色と独特のにおいが特徴の「臭豆腐」。
発酵した豆腐を揚げ、辛めのソースを付けて食べる。
さくさくとした食感の後に鼻の奥から硫黄のようなにおい。
露店では1カップ5、6個入り10人民元(約170円)程度で販売している。
★黒茶
湖南省の特産品で、蒸した茶葉を竹で固く包んで発酵させている。
95~100度の熱湯で抽出し、まろやかな甘みが特徴。
ダイエット効果があり、古くからチベットなどの少数民族に飲まれている。
茶を馬に載せて運んだルートは「茶馬古道」と呼ばれ、今でもお茶や土産品を売る民家が残る。
★毛沢東
「中国建国の父」と呼ばれる故毛沢東主席は、湖南省出身。
聴講生として登録していた湖南大学(長沙市)には、高さ約10メートルの立像がある。
長沙市を流れる湘江の中州にある橘洲公園には、青年時代の毛沢東を再現した高さ30メートルの頭部の像もある。